アシノスキマ A monologue of giraffe.LA (jimdo) web top

おくりびと。

おくりびとを、みました。

本木さんと、広末さん主演の、「おくりびと」を、みました。

やっと、みた。

 

感想。

出だしは、思っていたよりも、面白い展開だったこと。

そして、中盤では泣いてしまいました。

泣いたというより、なみだぐんだというか。

 

大事な人がいるひとや、

近いだれかを亡くしたことがあるひとは、

何かしらかぶせて考えてしまうかもしれません。

人間として扱われるということ。

すごくかんじたのは、

納棺するひとという仕事は、

 

人生の終わったあと、生きていたものとして、「人間として」扱われる最後のかかわりをもつ他人

 

なのじゃないかということ。

 

逆?にいえば、

このひとたちが、人間として最後に自分?を扱ってくれる人たちなのではないかということ。

 

したい・ではなく、人として。

 

 

最後までひととして接してもらう

 

これは、じつはとても難しいことなのかもしれないと思った。

 

映画のなかにも出てくるけれど、

ひととして、ではなく、「もの」として扱われるシーン。

 

あれは、くやしい。そして、かなしい。

 

自分は?

自分は人としてあつかわれたい。

息をしていなくても、鼓動をしていなくても、

焼けついて、灰になるまで、人間として扱われたい。

 

自分の大切なひとたちは?

自分の大切な人たちは、

最後まで人間として扱ってほしい。(身内は当然として)かかわるすべての人に。

 

強制ではなく、当然のこととして、人として、あつかってくれるところ、そうでないところ、とがあるのであれば、前者がいい。

 

そこに金銭がかかるとして、そうであるならば、ものではないかといわれるとしても。

 

 

映画をみながら、いろいろなことをかんがえた。

映画をみるまで、葬祭にかかわる人に偏見があるということを、知らなかった。

 

 

生まれるということも、亡くなるということも、

同じくらい大切なことだとおもう。

 

思った。

 

 

 

 

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